2012.07.11
一人の若いギャングを覚えている。
彼の前歯は、上下の全部が折れていて、
替わりに金の歯が、つくられている。
彼の体には、ピストルの弾丸の痕が、
小さい穴になって、あちこちに残っている。
その金の口の接吻は、冷たく
その体を抱く女の指先は、背中の穴に
ぶすぶすと、はいりこむ。
ある良家の婦人が、この若いギャングから
離れられなくなってしまった。
その女の気持ちは、十分に理解できるように思えた。
『 暗室 』 吉行 淳之介