彼は困っていた。事の起こりは、神父である彼のもとに、
一人の男が、懺悔にきた事である。
『 実は、私は殺人者なのです。』
その男は、自分はある殺人事件の真犯人であると告白した。
その事件では、既に容疑者が逮捕されており、
死刑の判決をうけていた。
当然、彼は、その男を警察に通報すべきであろう。
だが、神父である彼は、懺悔の内容を、
他人にもらすことはできない。
彼は悩んだ。もしこのまま彼が沈黙すれば、
一人の無実の人間が、殺されることになる。
彼は、ジレンマに陥った。
とうとう、彼は、沈黙を守る事にした。
そして、彼は友人の神父の所へ懺悔に行った。
『 私は、無実の人が殺されるのを、見過ごそうとしています。』
彼は、事のいきさつを告白した。
困ったのは、友人の神父である。
彼もまた悩んだあげく、沈黙を守り、
良心の呵責からのがれるために、
別の神父のもとに、懺悔に行った。
『 何か、言い残す事はないか。』
神父が、死刑囚に尋ねた。
『 私は、無実です。』
死刑囚は、叫ぶように言った。
『 それは、判っています。』
神父は、答えた。
『 あなたが、無実であることは、国中の神父が、
知っています。でも、
本当の事を言えないのです。』
by 佐々木 大善