「 ある晩、その女が大泣きしましてね。
ひどく酔っ払ってました。凄まじい光景ですよ。
身長が百八十五、六センチもあって、
体重も百キロを超えているような顔のでかいオカマが、
化粧をぐしゃぐしゃにして泣くんですから。
声を圧し殺してね、嗚咽だけです。
そして私に切々と訴えるんですよ。
好きな人がいるけど、どうにもならないって、
オカマですから好きな相手というのは男ですよ。
でも、この女、ちょっと変わってたんです。
男は好きだけど、同性愛の男は駄目だったんです。
同類ってことですかね。
だから惹かれるのはそうした嗜好のない男だけですよ。
好きな男に抱かれたい、愛されたいって身もだえしながら、
もし、その男がちらっとでもあいつのことをふり返ると、
たちまち駄目になってしまう。
百年の恋も冷めるってもんじゃないらしい。
よくも私を裏切ったと憎悪の塊りになるんだそうです。
矛盾でしょう?その矛盾に苦しんでいる自分を憐れんで、
また、泣くんですよ 」
『 月のない夜 』 by 鳴海 章