この国には、独特の剣法がある。
一藩これを修練している。世間では示現流という。
薩摩藩では、「 お国流 」 という。
構えは、ふつう剣法でいう八双の構え一つしかない。
しかも、八双の構えのような柔軟な姿ではなく、
腕をぐんとあげ、剣先をたかだかと天に突き上げて、股をひらく。
ひらくや、相手にむかって、「 きゃあー 」 と、絶叫する。
異様な声で、他国人はこの声を、「 猿叫 」 とよんだ。
猿が絶叫しているとしかきこえなかったであろう。
撃つところも、面、胴、籠手、というようなものではない。
左袈裟、右袈裟のひと手である。
敵にむかって、全速で走りながら、左右交互に斬ってゆく。
受け太刀はない。
防御というものはなく、ひとすじの攻撃である。
太刀打ちはすさまじく、薩摩の示現流に斬られた死体は、
惨として、ひとかたまりの肉塊に化するほどにむごい。
薩摩軍とは、そういう集団である。
『 竜馬がゆく 』 by 司馬 遼太郎